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Makkyのあしたっていまさ!

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てきとーにまったり。主にSTGや東方を中心としたゲーム系雑記だよ。

「隣人はクリスマスに笑う2013」をミタ!

時は少し遡り、2013年12月。

レトスペ一周年対談企画の2週間後にあたる12月12~15日の4日間、南阿佐ヶ谷にて劇団獣申による舞台公演が行われた。劇団獣申といえば前作、「白雪姫裁判」で私にとっても衝撃的な出会いを果たした劇団だ。その新作だというのだからこれは観にいかざるをえなかった。今回は当初より少し遅れてしまったが、そんな2013年最後の舞台を「報告」しようと思い、今、「記者」である私はタイプライターに面を向かわせている。

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概要(公演は終了しております)
http://studio-essence.net/theater/theater.html









新作といったが、実はこれ2007年に朗読劇として旗揚げされた「隣人はクリスマスに笑う」の2013年版であり、いわゆる舞台化に伴うリビルドなのだ。生憎と私は原作を知らないのだが、当時から知っているファンや役者の声を伺うに登場人物や、設定こそ同じだがやはり舞台ならではの新鮮さがあった模様。勿論初見となる我々にとっても全く問題なく観れる作品に仕上がっていたのはいうまでもない。


あらすじ
クリスマス。
そんな言葉を聞いて、皆さんはどんなイメージを駆り立てるだろうか? 

 恋人と一緒に過ごし、甘いヒトトキを満喫する・・・。
 仕事で独り虚しく過ごし、周りをみて嫉妬する・・・。


そんな両極端なイメージが各々に持っているはずだ。中にはクリスマス中止を掲げる輩が出てくるのもおかしくない現状すらある。この物語はそんな「幸」と「厄」が渦巻くクリスマスの数日前よりはじまる。
舞台の場は「フラットテイル城南」。閑静な住宅街にそびえたつ高級マンションにとある男が引っ越してきたことから、彼らの「日常」は少しずつ「異常」へと変わっていく。クリスマスが近づくにつれ、浮き彫りになってくる「深層」という名の「真相」。

果たしてクリスマスに笑うのは誰なのか。




登場人物
「フラットテイル城南」の住居人が物語の中心人物。彼らに「聞き込み」をすることで現在⇔過去を行き来していく。登場人物は全員、表の顔と裏の顔を持ち合わせており、一見主人公と思える人物ですら最後まで気を許してはいけない。


平尾光成(ひらおみつなり)
物語の中心人物。フラットテイル城南の202号室に住んでおり、妻である沙織と順風満帆に幸せな家庭を築く。周りからみても納得の愛妻家。普段はフリーランスのカメラマンを営んでおり、主に風景写真をメインに作品を撮っている。かつて人物写真を撮っていたのだが、沙織と出会ったことをキッカケに作風は変化していった。「平尾」の性は佐織のものであり、いわゆる婿養子。イケメン。


平尾沙織(ひらおさおり)
光成の妻。キッカケは光成からのプロポーズであったが、今ではすっかりベタ惚れ状態。写真撮影のために出張の多い光成に対して露骨な妬き餅を妬くことも。公衆の面前でのキスを恥ずかしがらないバカっぽい性格。フラットテイル城南の販売会社である社長令嬢であるが、それを決して自慢したりはしない。色々と小さい。かつて子供がいたが、不慮の事故で亡くしてしまう。


武田春夫(たけだはるお)
フラットテイル城南の管理人で、調子のいいオッサン。元々は平尾社長の部下で、佐織お嬢様の執事的立場にあった。現在は管理人という名目で、佐織の幸せを支えている。情に厚く、エロに弱い一面を持っているのか、不祥事にも響子のシャワールームを監視していたことがバレてしまう。あいうえお作文が好きという謎の特技を習得している。沙織からは「タケダー!」と呼び捨てにされることもシバシバ。


田中太郎(たなかたろう)
絵に描いたような普通の名前の青年。とある日にフラットテイル城南に引っ越してきた。これまた絵に描いたような極度のオタクで二次元大好きコミュ障人間。女性への憧れは持っているが、リアルに話すことは勿論、直接触れることさえ緊張で鳥肌がたってしまうほど億劫。AV女優のホリキタマキコがバイブルだとか。光成達の隣である201号室に住む。


佐藤響子(さとうきょうこ)
光成達の隣である203号室に住む。銀座のホステスを営んでおり、近々「ママさん」になるまでのぼりつめる。色っぽいオトナの女性。人と話すことに長けており、情緒不安定な田中でさえ親身になって相談を受けるほど。昼は駅から少し離れたサンマルクカフェで落ち着いた時間を過ごすのを嗜んでいる。


男A&B
マンションを監視しているかのようにところどころ現れる黒服。二人とも強面で、まるでヤクザの兄貴とその弟分のチンピラといった風貌。田中が引っ越してきた日を境に出没するようになる。


ホリキタマキコ
物語に出てくる架空のAV女優。グラドルとよく間違われているようだ。知らない男はいないほど知名度は高く、お世話になった人続出。堀北真希ちゃん似なら私もお世話になりたい。この世界ではマキコという名はそのままにタナカを性に持つ裏モノもあるようだが・・・(そっ閉じ)


記者
セリフの一切ない役柄で名前もない。いや、名前はある。この場合「アイハラマキ」がそれに該当する。つまり記者=舞台の観客であり、彼ら(彼女ら)こそがこの舞台における真の主人公。私たちがいなければ真相には決して辿りつかなかったのだ。この舞台最大のギミック。



さて、ここまで紹介した登場人物はあくまで「表の顔」でしかない。物語の進展に連れ、いつしかホームコメディからサスペンスホラーへ。このギャップが生む浸食は、突然変異でありながらジワジワと観客に疑心暗鬼を植え付けていく。一体誰を信用すればいいのか。この先に彼らの「裏の顔」がある。すでに物語は終わっているので、ネタバレになってしまうがこの作品を語るにはそれが必要不可欠なのだ。



※以下ネタバレ注意



登場人物:裏
表もあれば裏もあり。記者である私だからこそ知っている真実がこの先にある。


平尾光成(ひらおみつなり)
数々の女を泣かしてきた結婚詐欺。中には未だに自分が被害者であると信じない女性もいるほどに非常に巧妙な手口で一切の痕跡を残さないプロ中のプロ。社長令嬢である沙織に近づき、その後釜を狙うため、虎視眈々と愛妻家を装う。事故で亡くした子供の保険金も彼の手に渡っており、事故を装った保険金殺人であることが発覚する。


平尾沙織(ひらおさおり)
明るく振舞っていたのはかつて子供を死なせてしまったことを深追いせずに生活していくため。実際はかなりシリアスな一面を持っており、バカっぽさの微塵の欠片もない。しかしながら光成に惚れてしまったために真実が見抜けず、クリスマスイヴに最悪の事態を招いてしまうこととなる。疑うことを知らない無垢な性格が仇となり、家族をはじめ身内や、隣人のことの全ての「負」を請け負ってしまった、事件の最大の被害者。


武田春夫(たけだはるお)
全てを知っていた人物のひとり。誰よりも沙織を慕っていたがゆえに、光成を憎んでおり、日常から慣れ親しい関係を築くのには多大なるストレスを抱えていたに違いない。そんな彼にとってもホリキタマキコは些細な「癒し」であったのだろう。響子の部屋を監視していたのは、覗きでなく彼女の動向を探るため。響子による復讐をなんとしても止めようと画策していたが、沙織の「死」を防ぎきれなかったことに深く損失する。


田中太郎(たなかたろう)
裏サイトを経営する闇のブローカー。「平尾沙織に復讐せよ」という響子の依頼を受け、マンションに越してくる。本名はもちろん何もかも正体不明の存在。実際は狡猾で計算高い知能犯。武田に素性を見抜かれ、響子の用意した報酬以上の金を渡されて武田側に寝返る。本当は心優しい青年であり、完全なる悪ではないが、どんなに汚い仕事も「仕事だから」と割り切っており、それが自分の正義であると確信している。


佐藤響子(さとうきょうこ)
かつて沙織の元恋人が彼女の兄であった。その元恋人との間に生まれた子供は本来、彼女の甥である。その甥を光成に殺され、そして兄と母親も平尾社長のしでかした侮辱に耐えかねず、平尾の経営する会社から投身自殺をはかった。家族を全て失った彼女は、それでもなお知らず無知に平和に過ごす沙織に異常なまでの憎悪を抱くようになり、殺意が芽生えていく。そこを武田に露見され、この計画は少しずつ狂っていくのだが・・・。


男A&B
警察。一見して田中を追っているかのようにみえて、実は光成の結婚詐欺を追求するためマンションそのものをマークしていた。兄貴分の先輩デカは現実思考にみえてオカルトマニア。



感想
この舞台をたったひとつの言葉で表すのであれば「二面性」
物事には表と裏、光と影、善と悪・・・ひとつの物事にはふたつの要素を抱えている。
そんなことを改めて気付かせてくれる作品だった。この二面性の徹底ブリは見事で、4日間行われた舞台公演期間中は「同じ役柄でも違う役者を起用するオールダブルキャスティング」であったことにも着目したい。ふたつの時間軸、ふたりの役者、裏表の役柄。我々観客が記者とするならば、その日に観て、聞いた事件内容、そして人物像が記者によって若干のズレが少なからず生じるのだ。これは「物事を決めるのはその人自身」というテーマにも添っており、昨今のニュースなども伝える側、受け取る側のそれぞれの印象が捻じ曲がってみえる皮肉ともとれる。日常に潜む「驚喜」と「狂気」。事件のあった隣人取材にモザイク加工の施した「あの人がまさかそんな・・・」といったやり取り。こんなテレビの向こう側で私たちが何度も見てきた世界を舞台というステージで隔離し、日常と非日常とを乖離させた。その上で劇団獣申ならではの「お約束」を挟んでくるのだから、これは愉しいといわざるをえない。この作者の意図を汲み取ったため、本来なら全ての公演を観にいきたかったのだが、仕事の関係上、今回は13日と15日の2回のみと留まった。

以上のことから、この作品を「喜劇」ととるか「悲劇」ととるかは自由。どちらともとれるし正直、正解はない。しかしせっかく笑うのであれば喜劇であってほしいという願望も含めて、2014年を迎えようと思う(もう突入してるけど)

クリスマスといえばサンタクロース。

 実際にサンタクロースはいるのだろうか?
 それとも両親による自演なのだろうか?

そんな「サンタクロースの実在」という疑念に悩むのならば、ちょっと視点を変えてしまえば「プレゼントが貰える」っていう喜劇になる。この舞台はそんな小粋なプレゼントだったと私は実感している。


だって、アナタの隣で一緒に見ていた人
ワタシと一緒に笑っていたでしょう?





記者:アイハラマキ
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by makky_cys | 2014-01-21 12:00 | 雑記