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Makkyのあしたっていまさ!

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てきとーにまったり。主にSTGや東方を中心としたゲーム系雑記だよ。

雅な時間 白 Vol.10 (第36話「宿命」)

-雅と私、レトロスペクティブな時間- 第37回

Makkyです。何年ぶりの更新でしょうか・・・・・・。
今年は「雅な時間」に注力していきたいと思っています。

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レトロスペクティブ東方-雅-
第36話「宿命」


※動画のネタバレを多分に含みます。
下記をお読みになる前に是非動画をご鑑賞ください。
また、PCブラウザでの閲覧を推奨しています。


第1部(人形師編)を見直したい方はコチラから↓

第2部(紅魔館編)を見直したい方はコチラから↓


前回までのあらすじ
白玉楼からの脱出。
魔理沙と共に滑空する魔法の箒に乗り、史規は仮初の記憶を呼び覚ます。
他愛のない会話をよそに幻想郷は一行を霧雨のような雫で濡らしていく。
一方、白玉楼サイドでは幽々子と紫の腹のうちを垣間見せる。
追う者と、追われる者。
妖夢もまた霊夢らと同じく決心を抱き、自分の使命を全うするため動く。
夢の迷いを打ち払うは果たしてどちらか。
急ぐ霊夢らが停滞した小屋では、魅惑の太腿疾風の黒き翼が介入するのだが…。
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今回のあらすじ
動画観てね。

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是非曲直庁。
その大講堂の一角で、閻魔・四季映姫と、部下である死神・小野塚小町はこれまでの現状を伺っていた。
西行寺幽々子の行動や、八雲紫の介入に視野を置きつつも、狙いはただひとつ。
それは幻想郷の守護者たる『博麗の巫女』の働きと、その使命をいかに全うできるかどうかであった。
いまだ異変の元凶といえる史規を庇って行動している以上、幻想郷の脅威は止まることはない。
状況次第では、博麗霊夢そのものへの裁断も止むを得ないという。
中立という立場を外し、介入する際にはその瞬間が来たときだと告げるのだが…。
厳格な映姫の表情はどこか、そうはならないで欲しいという葛藤が含まれているようにも見えた。

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疎雨の降り注ぐ小屋で、霊夢らの前に風となって現れた黒き翼の少女・射命丸文。
牽制を入れる魔理沙をよそに、飄々とした面でこちらを見据える。
かつて紅魔館で彼女自身が史規に問い質した『未練』に、霊夢らも同調していることを警告。
それこそ意志の介入を意味し、中立という立場を主張する射命丸はあやふやな言動を発していることとなるのだが…。
彼女は続ける。

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霊夢がどのような立場にいるのか、その本当の意味を。
史規もまだ知る由もなかった、『博麗の巫女』の存在とは何かを淡々と射命丸の口から告げられる。
それは幻想郷の境界を監視し、守護者として在ることを…。
幻想郷という世界を護るために在る霊夢が、幻想郷にとって異分子である”異変”と成る史規を守ること。
これ即ち立場の矛盾を意味していた。
白玉楼で幽々子が史規でなく、霊夢に今一度行動を問うたのもこのことに直結していたのだ。
同調してはいけない。同化してはいけない。
霊夢こそが最後の砦であったハズなのに、それが今危ぶまれている…。
射命丸はまるで幻想郷の意思を代弁するかのように、この事実を焚き付ける。
『博麗の巫女』としての責務を放棄することは、つまり幻想郷の守護者として見做されず追放されるのと同意。
このままでは、ただの力無き巫女へと成り下がってしまう。
天狗のような言い草ではあったが、射命丸の言い分は清く正しい。
それを受けて霊夢は、言葉無く態度で示す。
確かに幻想郷の意思としては、道を間違っているかもしれない。
しかし、世界がどうだとか関係ない。
自分が自分として、どう生きるか。それは全て自分で決める。
『博麗の巫女』である前に、私は『博麗霊夢』である、と。

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魂と叫びともいえる、心の咆哮は史規をも揺さぶる。
啖呵を切り、射命丸を追い詰めた霊夢は決闘を申し込む。
決闘をやる必要性はないとたじろぐ射命丸であったが、どうやら本気の霊夢を前にして戦意を宿す。
賭けるは ”射命丸の撮った写真”
霊夢の「勘」がそこにヒントがあると告げており、妖怪と人間の体裁を守るためにも決闘は必要と論したのだ。

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もはや雷を伴う豪雨と化していた外の状況は、屋根のない小屋にまで冷たく滴る。
奥に祀られていたのは巨大な不動明王像。
『博麗の巫女』としてではなく、『人』として霊夢は射命丸の前に立ちはだかる。
決闘は免れない。今ここに古来より伝えられる人間対妖怪の激突が幕を開けるのであった。

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鬼である伊吹萃香のテーマ「御伽の国の鬼が島 ~ missing power」のアレンジ曲、「Rage」と共に〆る。
楽曲そのものと曲名双方のイメージと、
「鬼神と憤怒」という二重の意味を持たせての戦闘回への導入は相変わらずかっこいい!
レトスペはこーいった静かな回のほうが解説しやすいんですよね。じっくり観れるから。
戦闘シーンの動が多い回こそ見応えはあるんだけども、それこそ 「動画で観ろ」 としかいえないので(笑)

さて、今回のタイトルは「宿命」でした。
ぶっちゃけ重要な回だらけしかないんだけども、
「真実」、「雲海」、「呼声」、「破戒」が史規の重要回とするならば、
これもまた「博麗の巫女」、「約束」、「鬼陣」、「霊夢」に続く霊夢にとっての重要回といえるんじゃないでしょうか。
少なくとも私はそう感じた。
宿命ってのは、まさに『博麗の巫女』としての務め、使命みたいなもの。
そーでもしないと巫女としての力失うだけじゃなくて、
存在意義なくなるよ?ってまで云われてしまうんだけども、
これに対して霊夢の 「私を誰だと思ってんのよ。博麗霊夢よ」 って台詞がほんと刺激的で。
かなり深いと感じたんですよ。

例えばさ、代々受け継がれてきた何かしらの文化を持つ家系で生まれてね、
その家で生まれた子は引き継がなきゃいけないとか、
そーいう風習ってあるじゃないですか。仕来りっていいましょうか。
小さい頃からそーいうもんなんだって社会を知らずに育った子はなんやかんやで、
その家系を継ぐと思うんだけども、人間って、決められたレールの上でただ生きる人生と、
自分の意思で全部選択して歩む人生とじゃどっちが満足度高いか?ってーと、
後者のが魅力的って思える人のが多いハズ。
それだけリスクも高いんだけれど、自分が全部納得して行動したのって、
仮に失敗したとしても案外後悔しないことあるじゃないですか。
それとほとんど同じことで、危険なのを承知で全部自分で決めた史規と、自身とを重ねてのこの発言。
どんだけ裕福な生活が送れたとしても、
周りの意思だけで動くだけなら機械と変わらない人生で、どこかつまんない。
苦労はそれだけするけど、
生きてるなーって実感できるのも自分の意志で動いた先にあるし、それこそ面白い毎日だと思う。
周りは意固地になる霊夢に対して我侭だと煽るけど、
霊夢からしてみれば勝手に決め付けてるあんたらのほうが我侭だって解釈。
最後に 「まだ生まれてもない、史規の方が。よっぽど生きてるわよ」 ってかかってくるのは、
シナリオとしてもよく練られてるなーと。

霊夢だからこそほんとにそう言いそうだし、
それでいてちゃんと自分が『博麗の巫女』って自覚も持ってる。
自分自身という一人の人間と、
役目や立場を両方背負って生きていこうっていう覚悟の表れがここでしっかりカタルシスしてるの。
結局のところ、周りの妖怪たちはみんな幻想郷が消えて欲しくないから、
それを守れる霊夢=博麗の巫女に頼ってるというか、期待しすぎてるところがあって。
それが霊夢にとっては「うっさいなー」って感覚なんだと思う(でもちゃんとやる)。
今から「宿題やるぞー!」って気合入れてるときに、
親から「早く宿題やりなさい」って言われて、
「わかってるよ!」とキレたくなる衝動と同じ理屈。そりゃ言い過ぎか(笑)

とにかく、冷静に見てみると今回は「宿命」っていうよりも、
裏のテーマとしては「人生」が凄くしっくり来る話。
んで、「人生」ってキーワードはレトスペにめっちゃ直結してくるのよね。
tokatiさんのことだからこの辺もしっかり ”狙って” 書いたんだと思う。いやー、参りました。





雅な時間

「幻想郷は全てを受け入れる」
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原作の東方Projectをだいぶかじった人であるなら、理解るこの台詞。
元々は八雲紫の東方萃夢想における作中台詞で、 「それはそれは残酷な話ですわ」 と続く。
レトスペだけに限らず、多数の東方二次創作にも扱われるほどの印象的な言葉。
今回では射命丸がこの言葉を口にしたが、ここの描写が実にレトスペならではの表現方法で描かれていた。

このへん結構難しいことをいっているように見受けられるけど、意外とわかりやすくて。
幻想郷という複雑な世界を、あるプログラミングされたシステムに見立ててみるといいかも。
何故、「全てを受け入れる」ハズが、逆に歓迎といかず拒絶として成るのか。
幻想郷にとって『博麗の巫女』というのは管理者のようなものというのは前述のとおり。
(実際には八雲紫もこの結界を管理する側に含まれるんだけども、今回ではそこは割愛する。)
守られたルールにおいて、幻想郷内で起こる ”異変” ってのは、まさにバグのようなものであり、
”異変” の火種と成りうる史規は、バグを起こさせるウイルスといった具合か。
『博麗の巫女』として務める霊夢はそれらから外壁を守るセキュリティであり、事が荒くなる前に駆除、
もしくは発生してから早急迅速に沈下させる役割を持つ。
そんなセキュリティ側の人間が、バグを起こす張本人として認知されてしまった場合の第二の危機管理。
PC内に複数のセキュリティソフトが混在できず、お互いがウイルスと誤認してしまうそれと同じ仕組み。
唯一無二である理由にもなってくるが、役割を果たせないようであればそれに頼らず、
見切りをつけて別の素質ある者に委ねるのはごく自然の流れだ。

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しかしながら、幻想郷の場合は少し違う。
「全てを受け入れる」ということは、定められたルールの改変&更新が適用され、
新たなルールとして随時上書きされていくといえばわかりやすい。
もっといってしまえば、その反面、バグですら仕様として認めてしまう恐れすらあるのだ。
その改変が招く事柄が、世界にとってプラスとなるのか? マイナスとなるのか? まだわからない。
ギリギリのラインになるまで、霊夢を取り囲む周りの連中が介入を余地しなかったのも、
その見極めが非常に困難であるといえる証。
射命丸のここでの介入は、彼女自身がこのままではマズいと睨んだからこそしびれを切らしたのであって、
今一度考えさせる猶予を自ら申し出たに過ぎない。
霊夢の覚悟が強まったところと比例して、先ほどまで疎雨だったのが強い雷雨へと変わっていたのも、
そんな幻想郷の警戒がさせたものといえるだろう。

このへんのくだりは一見してシステムの崩壊とも取れるが、ここでのイメージ背景がまた巧妙で良かった。
崩壊であれば、ガラスの割れたような破壊的なイメージを映せばいいのに、
このシーンでは、あえて歪曲という形で描写させることで、
歪んではいるものの決して脱線はしていない、という無意識の説得力を出しているのもポイント。

このように、今回では『博麗の巫女』と幻想郷と ”異変” の三角関係を今一度掲示&整理することで、
視聴者だけでなく史規に対しても霊夢がどのような存在なのかを、
その現実を「受け入れる」ための回として非常に重宝している。




次回、第37話「臨界点」。
人間と妖怪の真剣勝負が開幕……!


Next Dream...



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by makky_cys | 2017-01-24 22:00 | レトスペ雅