ブログトップ

Makkyのあしたっていまさ!

cysmakky.exblog.jp

てきとーにまったり。主にSTGや東方を中心としたゲーム系雑記だよ。

雅な時間 白 Vol.11 (第37話「臨界点」)

-雅と私、レトロスペクティブな時間- 第38回

Makkyです。
前回と変わって今回はガッチガチの「動」回。

d0284766_00124084.jpg
レトロスペクティブ東方-雅-
第37話「臨界点」


※動画のネタバレを多分に含みます。
下記をお読みになる前に是非動画をご鑑賞ください。
PCブラウザ、またはスマホ横画面での閲覧を推奨しています。


第1部(人形師編)を見直したい方はコチラから↓

第2部(紅魔館編)を見直したい方はコチラから↓



前回までのあらすじ
霊夢達の前に現れた射命丸文。
『博麗の巫女』の持つ宿命とは何か。
史規にしてみればはじめて触れる、幻想郷と巫女の境界。
この異変の規模と危険性を幻想郷の住人として改めて諭すが、
それは霊夢の覚悟を形として引き出すものとなる。
『博麗の巫女』ではなく、博麗霊夢という一人の人間として、霊夢は挑む。
是非曲直庁の見定める中、今ここに人間対妖怪の戦いがはじまろうとしていた。
d0284766_02374988.jpg











今回のあらすじ
動画観てね。
テキストによる紹介はありません。
観ればわかる。観ないとわからない。伝われ。

d0284766_03583093.jpg
   博麗霊夢
VS
射命丸文   
d0284766_03584223.jpg





っというわけで、レトスペとしては久しぶりの「動」回でした。
厳密には2部の「牙城」ぶりでしょうか。
戦闘そのものの描写は3部でもチラホラありましたが、
ここまで本気度のあるやつは白玉楼編初ですね。
同時に前話の描写から予感していたとはいえ、まさか射命丸と対決することになろうとは。
過去の考察でもジョーカー枠ではあると言ったことはあったけど、
明確に敵という雰囲気でもなかったので。実際は敵だから闘ったってワケじゃぁないんだけども。
1部、2部を通じて観てた身としても、これはなかなか予想できなかったんじゃないでしょうか。
今回は戦闘シーンを振り返りつつ、色々気付いたところを解説していきたいと思います。


立ち絵
前話から取り入れられはじめた技法のひとつに立ち絵による遠近法に注目しよう。
ADVのお約束としてキャラの立ち絵があるのは当然ながら、今回からさらにそれを工夫している。
通常、横並びで会話させることがベターだが、手前にいるキャラはアップして全身の一部を、
遠くにいるキャラは小さく表示させることで距離感を表現。
影を施すことと、カメラワークの切り替えによって、それらはより一層”向き合ってる感”が際立つ。
雨の音だけの静寂さも演出と相成って、決闘前の緊張感が伝わってくるんですよね。
荒野のガンマンが向き合って、何かの合図と同時に早撃ちの勝負を行うそれと同じ感覚で。
開幕からこれを見せていくことで、『今回はいつもと違うぞ?』と視聴者に直接訴えかけているのも面白い。
また、ムービーシーンでない普通の会話シーンですら「動」を体現してみせたところもポイント。
d0284766_00135957.jpg
d0284766_00144432.jpg


魔理沙の立ち位置
今回、史規と魔理沙は完全に蚊帳の外である。
とはいっても、視聴者サイドにあえて立つといったほうが近いか。いわゆる実況担当だ。
かつて咲夜戦や、美鈴戦のときでは魔理沙も助力したが、今回は助力一切なし。
これは一体どういうことなのだろうか?
答えは簡単、霊夢と射命丸による「決闘」だからとしか言いようがない。
決闘とは2人の人間が同一の条件のもと、生命を賭して戦うこと。つまりは”果たし合い”だ。
それを邪魔するというのは、無粋どころの騒ぎではないのだ。
スペルカードルールでもなく、人間と妖怪による真剣勝負。
魔理沙だって助力したい気持ちでいっぱいだろうに、
応援も助言すらしなかったのは霊夢の覚悟を察したからこそ。
その想いは史規だって同じだが、二人はただ見守るという傍観に徹した。
もちろん、決闘に応じたからには妖怪としてのメンツもある射命丸はこの二人に一切攻撃を仕掛けていない。
そこには優しさや気遣いなどはない。ケジメ、その一言に尽きる。
納得のいく状況に魔理沙を置かせることで、その視点は我々視聴者とほぼ同じことを意味する。
いかに今回が「人間対妖怪の決闘」という一面にスポットを当てられているのかが理解るだろう。
これもまた『作品で語る』作者ならではの ”粋” なのだ。
d0284766_00152185.jpg
ところで、「人間対妖怪の決闘」は1部で既に一度描かれている。
実際には人間対妖精……ではあったが。そう、チルノが史規に仕掛けてきた一件だ。
あのときはチルノの一方的な嗾けだったし、霊夢もそうとは知らず史規に助勢した。
しかし、チルノ本人は決闘の最中を邪魔されたと真剣に感じており、
不服ながら、邪魔された霊夢に激昂するもすぐさま反撃とはいかなかった(あくまでも標的は史規のみ)。
巫女がかえす側に立つ=史規と同類と認めてからはじめて反撃に転じたのにも意味があったのだ。
これはチルノなりに、決闘の意味をしっかりと理解していたと今更ながら気付く。
3話のタイトルは「幻想郷」。そこがどんな世界なのかを知るための話であったが…。
今にして思うと、その意志を代弁していたチルノもまた3部への布石になっていたのだ。


人間と妖怪
古来より妖怪は人間に恐怖と畏怖の念を伝えてきたとされる。
「妖怪」とは、とどのつまりどういった存在なのだろうか?
「ゲゲゲの鬼太郎」や「妖怪ウォッチ」が昨今でも認知されているとおり、
妖怪は今でこそ愛らしいキャラクターとして認知されているが、そのルーツは窮めて古い。
古事記のあった時代にはすでに鬼や、大蛇(オロチ)の存在があったとされる。
妖怪とは、日本で伝承される民間信仰において、人知を超える奇怪で異常な現象。
あるいはそれらを起こす、不可思議な力を持つ非日常的・非科学的な存在だ。
その実態は、あくまで人間自らが作り上げた妄想の具現化であり、
千差万別の姿形はすべて、人間同士の口授によって時代と共に変化してきたのが大半だ。
現代でいう「怪談」や「都市伝説」をより鮮明にするためにホラー映画さながら、
幻影(VISION)として仕立てあげることで、それらを畏怖なるものの象徴として色濃く伝承されるもの。
「百聞は一見に如かず」とことわざでもあるように、伝達から視覚に刺激を与えることで、
よりその噂話は「嘘から出た誠」となって成立する。いるといえばいるし、いないといえばいない。
それが妖怪の本質なのだ。そして、そんな妖怪を生み出し、同時に退治してきたのも人間である。
妖怪は人知を超えた存在であることから、基本的に人間以上に強大だ。
d0284766_00131069.jpg
そこに普通の人間が抗うにはどうしたらいいのか?
人間側にも人知の超えた存在を用意すれば良いのだ。かの有名な陰陽師である。
現在でも宗教が無くなっていないのは、そうした人間同士の崇拝が色濃く受け継がれているからである。
日本はそもそも言霊の国と云われているとおり、言葉の持つ力は時に信じられないほどの意味を持つ。
神にも似た妖怪に対抗するのも、やはり神のご加護あってこそと考える。
それが神を祀る神社の巫女へと繋がっていく。
巫女はもともと「御神子(みかんこ)」が訛ったものであり、
神の依り代とされる「巫(かんなぎ)」の務めを果たす女性を指す言葉へと変動していった。
d0284766_00133282.jpg
では、妖怪の弱点とはなにか。そのひとつに精神攻撃がある。
前述のとおり、妖怪の存在とは人間より生み出された畏怖の具現化であると説明した。
それを逆手に取ることが妖怪にとっての衰退、幻滅に繋がる。
人間の恐怖心を糧にしている以上、人間を襲う妖怪は人間がいなくなってしまったらどうなるのだろうか。
果たして妖怪だけの世界などありえるのか。答えは NO だ。
かなしいことに人間から生まれた妖怪は、 ”人間がいてこそ存在していられる存在” なのだ。
一方、人間にしてみれば、妖怪はそれらがいなくても安心して生きて暮らせる。
この一見してご都合主義なのが妖怪にとっての仇であり、人間の真の恐ろしさでもある。
難しくいってしまったが、妖怪自身に恐怖を与えればいいのだ。
この決闘の決着にはそれが如実に表現されている。
肉体的にも妖力的にも圧倒的に勝る射命丸が、霊夢に敗北したワケ。
なんてことはない、射命丸自らが負けを認めたからにすぎない。
その証拠にノーダメージで無傷な射命丸に対して、霊夢はボロボロの体力ゲージ点滅状態だ。
この勝者と敗者のギャップも、人間と妖怪の差を見事に描かれており、感嘆の溜息が出た。
同時に霊夢の覚悟の強さと、射命丸が天狗だけに天狗になる慢心さとの差異がよく表れていたともいえよう。
「人間なんてこんなもの」と奢る射命丸を前にして、
「人間なんてそんなもんよ」と、その限界をあえて吐露する霊夢。
人間として挑む霊夢としての臨界点でありながら、
疾風怒濤の弾幕絵巻に仕立てた作者もまた臨界点だったに違いない。
それだけ熱の篭った回となった。本当にお疲れ様でした( ˘ω˘ )


スペルカード解説
作中で発動されたスペカは4つ。
それらに加え、宣言こそされていないものの、いくつかのスペカが披露された。
1つずつ紹介していこう。

霊符「夢想封印 散」
 使用者:博麗霊夢
 分類:スペカ(弾幕:念)
霊夢の十八番である「夢想封印」シリーズの派生版。
いわゆるホーミング弾であり、大量にばら撒かれた札と光弾による複合攻撃。
霊夢自身も超神速をもって相手を翻弄し、まさに射命丸を「鳥籠」状態へと持ち込むために発動。
しかし、射命丸のスピードは弾幕をも凌駕していたため、結果は牽制のみに留まり決定打とはいかなかった。
d0284766_00152865.jpg

竜巻「天孫降臨の道しるべ」
 使用者:射命丸文
 分類:スペカ(物理:風)
超巨大な竜巻を巻き起こし、その周囲を悉く粉砕する。烏天狗の底力が知れるほどの大技。
天狗は元々「風を起こす山の神」という異名を持っており、手にする葉団扇を大きく振りかざすことで発動。
霊夢を丸ごと飲み込んだ。その被害は山をも消し飛ばすほどであったに関わらず、
周囲にいた魔理沙や史規に甚大な影響を及ぼさなかったのも、彼女が律儀に決闘を守っていたからこそ。
つい本気を出したとしていながら、きっちり制御していたこともこの様子から垣間見える。
d0284766_00150590.jpg

宝具「陰陽鬼神玉」
 使用者:博麗霊夢
 分類:スペカ(物理:弾)
とびきりでっかい陰陽玉を召還し、相手に直接ぶつける荒業。
スピード勝負で負け越したじろぐ射命丸の零距離で発動されたため、回避不能の決定打として繰り出される。
普通サイズの陰陽玉でもボウリングの球並みに重いので、このサイズの重量はそらおそろしい。
d0284766_00134169.jpg

突風「猿田彦の先導」
 使用者:射命丸文
 分類:スペカ(物理:風)
天孫降臨が縦スクリューとするならば、こちらは横スクリュー。
射命丸自らが竜巻と化し、一直線に相手へとかっとんでいく。
回避不能と思われた陰陽鬼神玉に対する起死回生の切り替えしとして発動。
突進中は「相手の弾幕を無効にしつつ突進する性質(グレイズ)」が備わっており、
回避ではなく打破することで陰陽鬼神玉を切り抜けた。
d0284766_00140916.jpg

「無双風神」
 使用者:射命丸文
 分類:スペカ(補佐:速度)
音速をも超える圧倒的速さで、縦横無尽に駆け巡る。
「幻想風靡(げんそうふうび)」の強化版であり、「幻想郷最速」と呼ばれる所以。
「幻想風靡」は射命丸の代名詞であるが、本気モードだったため、それをさらに上回っていた。
まず常人にはその姿を捉えることは不可能で、捉えたとしてもそれは残像にすぎない。
文字の響きからしても、鬼神となった霊夢の夢想封印と対といえる蒼き閃光。
d0284766_00154355.jpg

霊符「博麗幻影」
 使用者:博麗霊夢
 分類:スペカ(補佐:分身)
射命丸の「無双風神」に対抗すべく、霊夢の命がけで発動させたブラフ。
残像には幻影で。その分身は仕掛けた対象の精神に直接映るので、常に対象の目前に現れる。
何度追い払っても、追い抜いても射命丸の傍らに霊夢(の分身)がいたのはそのため。
命を懸けた真剣勝負という決闘で、まさか分身で攻めてくるとは射命丸も思わなかったのか、
決着後も「姑息な」とつい口走ってしまったが、そこを最後まで見守った魔理沙が深く言及する。
幻影の作り出した分身こそ無敵だが、発動している本体は無敵ではない弱点を持つ。
しかし、危機的状況にいた霊夢は発動の解除を躊躇わず、最期までその意地を貫いた。
d0284766_00125553.jpg

今回で使われたスペルカードはそれぞれに先手、後手ともに発動された意味を持つ。
それをさらに対策し、相手の対策を受け、さらにこちら側も対策~といった具合で、
攻め手・返し手のターン対決による攻防が熱く描かれていたのも今回の見所のひとつだ。





雅な時間

烏天狗の翼
黒き翼の少女-射命丸文。
彼女の種族は烏天狗だが、その翼は普段どうしているのだろう?
ヴァンパイアであるレミリアと違って、普段から翼が出ているわけではないようだ。
かといって背中をおっぴろげているわけでもない。
実際に翼が生えているのであれば、
収納されている翼を広げたときに服を破らずに、外に露出させるのは物理的にいささか無理がある。
作中で、彼女が翼を広げたシーンはこれまでに4回あるので、ちょっと整理してみよう。

 1回目:瀕死の史規らの前に姿を現したとき。
 2回目:紅魔館で史規への緊急取材を行ったとき。
 3回目:疎雨の降る小屋で風となって現れたとき。
 4回目:霊夢に追い詰められ、本気モードに突入したとき。
d0284766_00160509.jpg
4点を並べると、翼を広げていなくとも空が飛べるようであることは確か。
翼を広げた場合はさらにスピードを出すときであることが伺える。
2回目は、あえて史規に翼を見せることで自分が「人外」であることを悟らせるためであったことと、
紅魔館への進入~退却を迅速に行うためであったと推測できる。
彼女の意志で翼は出し入れ可能で、それでいて物理でないとすると答えは見えてくる。
それは「気(もしくは念)」である。つまり翼に見えるのは、一種の オーラ であると考える。
これを纏うと、射命丸自身の能力が飛躍的にアップするのだろう。
ドラゴンボールの世界でいえば界王拳みたいなものといえばわかりやすいかな。
常時出していると自分の妖力を消耗してしまうので、ここぞというところでしか翼は出さない。
たまのファッション程度でなら、それもまた良しと彼女の性格ならありえそうだ。
このヒントをくれたのは幽遊白書に登場する「鴉」という妖怪の能力にある。
鴉は ”爆弾” を具現化させ、それで相手に攻撃するのだが、この爆弾は普段「視えない」。
妖力を高めて、より強く具現化することで霊力の弱い者にも可視化させることができる。
つまり、「視えているとき」こそ危険な状態であるのだ。
余談ではあるが、漫画内で鴉の見せ場は、主人公サイドの「蔵馬」との試合が最も有名だ。
「からす」と「くらま」、どちらも「天狗(烏天狗・鞍馬天狗)」にかかってくるのは偶然にしては面白い。
翼を可視化させることは、射命丸にとっても妖怪としての自信の表れともとれる。
そこまでして本気モードだったにも関わらず、自分より弱いと認める人間である霊夢が、
この驚異的な速さを追い抜いたのだから。さすがの射命丸も冷や汗をかくわけだ。
d0284766_00313990.jpg


射命丸の真意
中立であったはずの射命丸は何故ここにきて霊夢らの前に現れ、
霊夢の申し出のとおり決闘に応じたのであろうか。その真意がなんであったのかを推測する。

射命丸はまず、この異変についてどの辺から追っていたのだろうか。
第1話「演舞」や、第10話「鬼陣弐」。第20話「吐露」をよく観察するとそれが視えてくる。
開幕シーンのカメラアングルを誰かの視点だったと思えばいい。
「演舞」の時間軸はアリスとの戦闘が架橋に入った頃合であり、カメラはその森林の上空から急滑走してくる。
これこそが射命丸の視点であったといえないだろうか。
実際、アリス戦後にはタイミングよく負傷した史規らの前にその姿を現している。
たまたま通りかかったというより、その場で一部始終を眺めていたと考えたほうが自然だろう。
そして、「吐露」では史規の今の状況、心境を伺うために牽制として中立という立場を利用し介入する。
このとき史規に、自らが紅魔館へ運んだ張本人であることを打ち明けていない点、
こういったことが何度かあった=還らぬ魂が543回繰り返された事例を把握していた点、
霊夢に「最初からずっと異変の一部始終を」知っていたということを告げられた点。
すべて彼女のいう「特ダネ」として追っていたことが一本の線で繋がる。
霊夢の勘が引きずり出した ”射命丸の撮った写真” は、
霊夢すら知らない前の史規の一件に携わる ”何か” であることは明白だろう。
射命丸自身、何らかの形でこの ”何か” を告げたかったがために、今度は霊夢を誘導したのではないか。
d0284766_00282804.jpg
そこで射命丸が戦闘中で繰り出した2大スペルカード。
竜巻「天孫降臨の道しるべ」と、突風「猿田彦の先導」に今一度着目していきたい。
猿田彦(さるたひこ)とは、道祖神(どうそしん)と呼ばれる道の神。
または旅人の神と同一視されており、天狗のルーツとされた存在だ。
この猿田彦は、天孫である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が高千穂に降り立ったとき、
高天原と葦原中国の境にある場所で天孫一行を出迎えたという伝説が残されており、
それこそが世に言う「天孫降臨(てんそんこうりん)」である。
天狗が道しるべとして立ち、一行を先導した。
この ”伝説” が此度の霊夢ら一行とにわかに合致しているように思えてならない。
妖怪のメンツを保ち、それでいて霊夢らを道案内した。
射命丸が霊夢を前にして 「道を間違ってやしませんか?」 と投げかけたのも、
そんな彼女のルーツから来る宿命だったと考えると色々と感慨深い。
さらに興味深いことに、猿田彦と同じくして道案内の神として祀られているのが、
太陽神とも言われる八咫烏(ヤタガラス)である。八咫烏は「猿田彦の使い」ともされており、
烏天狗のモデルになったという説までも残されている。
霊夢との戦闘開始と共に奏でられたBGM「霊知の太陽信仰 ~ nuclear fusion」は、
東方Projectのキャラクター「霊烏路空(れいうじうつほ)」のメインテーマであり、彼女もまた八咫烏だ。
ただの鴉繋がりかと思っていたが、かなり根深いとこまで練って構築されていたということか!

では、彼女がここまでのことをした本当の狙いはなんだったのだろう。
ズバリ、前述のことはすべて建前であると言ってしまおう。
妖怪としての闘争本能が燃え、つい本気になってしまったが射命丸はもともと「戦闘は遠慮したい」派だった。
そして霊夢にはやけに高く評価している節がある。それは博麗の巫女だからというのがひとつ。
ただ、今回の一件で霊夢はそれすらも放棄しようという寸前まで来てしまった。
射命丸はそれだけはなんとしても止めたいと思ったのだろう。
幻想郷としての代理ではなく、射命丸自身の意志によって。
天狗というポジションから彼女もまた位の高い妖怪の一角だ。
此度の異変の結末を追うという「特ダネ」はジャーナリズム精神にとても甘美に疼くが、
それを犠牲にしてまで守りたかったのが「霊夢が博麗の巫女でいられるポジション」だろう。
それが保たれなくなってしまったとき、彼女にとって大変面白くないというか。
そうなってしまった場合の人間と妖怪との均衡が危ぶまれると本能的に悟ったとすら思える。
言葉でこそ 「友情を優先して逃げ出したりしたら妖怪ではなくなってしまう」 と告げておきながら、
本当は 『友情を優先したからこそ逃げ出さず妖怪として向き合いにきた』 と心では思っていたのではないか。
あの笑みは、そんな妖怪としてのプライドと、その結果が招く先の「特ダネ」の二重の意味で愉悦していたとみる。
d0284766_00155867.jpg




次回、第38話「永夜」。
永い時を経て最後の ”謎” がついに明かされる……。


Next Dream...




[PR]
by makky_cys | 2017-02-11 22:00 | レトスペ雅 | Comments(0)