-雅と私、レトロスペクティブな時間- 第47回
雑な和訳ご了承ください…
Makkyです。
正真正銘、最後のレトスペ記事となります。
これで一旦レトスペ更新は停滞しますが、
このブログが終わるわけではないです。
また何かあったときは夢の続きを。
初見の方、詳細を知りたい方はコチラへどうぞ → http://cysmakky.exblog.jp/17382733
桜を、待った夢見夜
第一部総集編
第二部総集編
第三部総集編
最後の「雅な時間」
ラストの”考察”記事は、各種主題歌にスポットを当てていきます。
まずは第三部CSから起用された、クレジット曲から。
Can't look away
元は東方神霊廟ステージ5の道中曲「夢殿大祀廟」のアレンジボーカル曲で、
お馴染みのサークル:FELTさんの楽曲のひとつだ。
アレンジでは聖徳太子とその妻である刀自古郎女をモデルとした、
「豊聡耳神子」と「蘇我屠自古」の生前と、
霊体として復活したあとの世界を現代風にイメージした歌詞となっているが、
その歌詞のひとつひとつが作中の史規と霊夢を彷彿とさせるテーマ性、
そして物語のシナリオにもピッタリなフレーズが盛り沢山なのである(前にもいった)。
※歌詞に関しては著作権保護のため「引用」しての掲載となります。ご了承ください。
『Can't look away』
Original:「東方神霊廟」より “夢殿大祀廟”
Album: Rebirth StoryⅡ
Vocal : Vivienne
Lyric : Renko
Chorus : Vivienne & W.nova
Arrangement : Maurits"禅"Cornelis
All Instruments & Programming : Maurits"禅"Cornelis
Copyright © 2010 / 2014 FELT / feltmusic.net
Listening to the beat the DJ's playing and thumping.
Our eyes just met. You've caught me and I'm falling so deeply.
So, maybe if I get a little closer tonight...
Side by side, you and I
Could dance the night away.
Just can't turn away. I think I've lost all my senses.
Right now, I can't decide if I should ask for your name.
So, baby, won't you give me just a bit of your time?
People stare. I don't care.
I'm really giving in.
Realize
That change is happening.
Can't deny
I'm feeling limitless.
Here, tonight,
Please let me see the stars,
Find a sign.
"Time is money."
Or that's what they say.
"Sweet as honey."
There's something I'm craving.
See the world as
a place for mistakes.
Love just blinds me,
But you have shown me the way.
"Time is money."
Or that's what they say.
"Sweet as honey."
There's something I'm craving.
See the world as
a place for mistakes.
Outside, looking in.
You're written in my memory. I can't erase this.
The thought of being's fleeting. Chasing a dream.
No longer counting minutes, I can't control it.
This change inside has got me. Now, I can't look away.
Pulling up a ride so maybe I can convince you
The road we'll take tonight stretches from here to the middle.
Don't let me ask you twice and let's go for a drive.
Take me there. Anywhere.
You always lead me astray.
Captured in your eyes. I know my gaze may just linger.
The starry lights rush by and I am caught at a standstill.
No questions here this evening. I am fighting inside.
Sitting here. Do I dare?
Let's spend the night away.
Even if
We fail a thousand times,
We can't take
This chance for granted.
So, take this night
And drive a million miles.
Once again...
Beginning from the center, I can't remember.
But when I look again, some pieces remain.
No longer do I notice painful refrains when
Defining all my memories each time I stay awake.
You're written in my memory. I can't erase this.
The thought of being's fleeting. Chasing a dream.
No longer counting minutes, I can't control it.
This change inside has got me. Now, I can't look away.
<意訳>
DJのかけるビートに耳を澄まして
目と目が合う。あなたに見つけられて、心の鼓動もうちはじめる
今夜もあなたに近寄れたら
二人並んで、夜を踊り明かせるのに…
もう背を向けられない、何も考えられない
あなたの名前を聞くべきか答えを出せずにいる
だからせめてもの願いとして、あなたとの時間をもう少しだけ
皆のいる前で認められてほしい
この内なる心の変化は、もう何者にも逆らえない
無限大に膨らんだ、この夜に輝きを示したい
”もう時間がない”なんてあなたはいうけど
”良い子だね”とそんな言葉をかけてほしい
この世界は思い違いの場所かもしれない
愛が見えなくする
だけどあなたが見せてくれた
”もう時間がない”なんてあなたはいうけど
”良い子だね”とそんな言葉をかけてほしい
(繰り返し)窓の外を眺めて
あなたが心に刻まれて、私はかき消すことができず
足早に流れていく想いは、まるで夢を追いかけているみたい
何分もかからないうちに制御不能になってしまう
心が沸き起こる変化に、何も視えなくなってしまう
きっとあなたにわかってもらえる、そう思って乗り込んだ
この道は私たちを、夜のこの場所から「はじめ」へと導いてくれる
あそこへ行きたい、何処へでもいい
あなたはいつも迷ってばかりね
あなたの瞳の中には、きっと思い留まるような私の視線があって
星屑が流れたら、私は行き止まりにつかまってしまうでしょう
今夜は何も悩まない。そう決めたから
ここに座ってもいい? なんて思いきれるかしら
夜の向こうへ行きましょう
たとえ、私たちがどれほど失敗したとしても
このチャンスを当たり前だとは思わない
だから今夜は100万マイルもドライブしましょう
もう一度ね…
最初の頃はもう思う出せない
でも振り返れば、いくつは思い出せるよ
だけどもう、目を開けている間に思い出される
痛むような思いには、気が付かなくなった
あなたが心に刻まれて、私はかき消すことができず
足早に流れていく想いは、まるで夢を追いかけているみたい
何分もかからないうちに制御不能になってしまう
心が沸き起こる変化に、何も視えなくなってしまう
レトスペ的解釈で受け取ると、
CSで描かれた史規を媒体とした罪の異変が肥大化していく様、
そしてそれを受けて博麗の巫女として背負いきるという霊夢の決意と、
彼らが交わした約束と似たフレーズが自ずと見えてくる。
しかも、その決意と約束を確固たるものとしたのは33話「霊夢」での二人きりの夜。
それがキッカケとなり、この繰り返しに終止符を打つこと、
そして「何処へ行く?」という問いかけまでも含まれているのだから驚きだ。
曲名もそのまま和訳すると 「目を背けてはいけない」 。
「Endless Night」とあわせてこの2曲は本作を語る上で決して外してはいけない、
絶大な影の裏方となったのだ。
桜を、待った夢見夜
本編では使われることがなかったが「レトスペ」を語る上で決して外すことのできない楽曲。
今はもう活動を終了してしまっている東方アレンジサークル:QLOCKSの放つ、第一弾アルバムより。
所謂、無印でのエンディング主題歌がこれだ。
この曲の素晴らしさがあったからこそ、次に語る「engage」に繋がる。
原作でもエンディングスタッフロール曲である「紅楼」と、
「さくらさくら」を融合させただけあって、
由々しき終わりの曲だが、私にとってのはじまりでもある。
それはまたのちほど。
※歌詞に関しては著作権保護のため「引用」しての掲載となります。ご了承ください。
Original:「東方紅魔郷」より “紅楼”、「東方妖々夢」より”さくらさくら”
Album: 東方紅幻燈
Vocal : ERIKA KANATA
Lyric : Renko
Arrangement : 久遠
Copyright © 2007
舞う花びら 空は詠う
夜明けの桜が思い出すのは
廻る優しい物語
さくら さくら さくら さくら
遠き夢の逆月 揺れる夜宵空映す
散り行く花びらに 二人の足跡さえ消える
もしもすべてを忘れてしまっても
きっと笑顔で会いたい
さくらよ舞え 闇に光れ
私を彼方へと運ぶ標となれ
懐かしい記憶
消えていく
掌に落ちた涙も全て 包み
この魂が還る日まで
さくら さくら
夜宵降り咲く雪よ
あの日きいた歌も 夢幻の時に霞消える
ずっと心の傍で笑ってた 貴方の声が聞きたい
さくらは舞い 風に踊る
雪のように儚くてだけど愛しくて
思いを乗せるの
遠い影 移ろう夢
「はじまり」を紡ぎだす
過ぎ去りし
春がまた光を射す
さくらは咲く 青い空透き通る
乱れ舞う花幻の向こうに
歩き出す風に添われ 微笑む貴方に今
辿り着く また廻るさくらの唄
第二部の紅魔館編、第三部の白玉楼編の総合的エンディング曲であると同時に、
幻想郷の待つ春をイメージとさせる美しい戦慄は今尚色褪せない。
正直、私も無印の出会いを尊重している理由のひとつでもあるほどに思い入れがある。
この曲を聴くだけで無印が想起され、そして何かしら物事か終わるときに必ず聴く存在にまで昇華していった。
つまり、この記事を書いている最中にも聴いているわけです。
私にとって「終わり」の代名詞となったものだからこそ、今回の題字にも起用しました。
それほどに「終わった…」感が根強い曲であり、
これまでの記憶がいつでもすぐ蘇ってくる起爆剤のような感覚に誘われます。
つまり、「振り返る」ための”過去”を見つめ直す曲。
輪廻転生と、それに抗う魂の歌。
いつかかえってくるとき、
いつかかえってくる場所は「レトロスペクティブ東方」で綴られた物語そのものを体現しているかのよう。
故に満足度も高いものに仕上がっているのだが、
それが何故本作では起用されなかったのか。
そこをこの場で紐解いていきたい。
そのためには次に紹介する「engage」が必要不可欠なのだ。
engage
本作のエンディングスタッフロール曲。
無印をよく知る人からすれば、新曲にさしかわったことはさぞ驚かれたことだろう。
だが、私はこの曲に”辿り着いたとき”、雅として再スタートした意味、
リビルドとして新たな道のりを示し、共にここに至れたことに無印以上の感動を覚えた。
確かに曲単体としては「桜を、待った夢見夜」のが好きかもしれない。
しかし、それはあくまでも曲単体というカテゴリでみたときに限る。
「作中歌」としてみたとき、
雅としてのスタッフロール曲では「engage」がさらに極まっているのだ。
元々はサークル:凋叶棕さんが同人誌「エンゲージ」を題材に、
レミリアとパチュリーの馴れ初めを綴った作品。
音楽としても「映画のエンディングテーマ」を目指したとあって、
その納得の完成度にはまさに映画を目指したレトスペとしてもピッタリだ。
誤解があってはいけないが、決して「『桜を、待った夢見夜』超えを目指して」の選曲ではなく、
雅として”音楽としてのキャスティング”を最適解にするために「engage」が起用されたという点。
このふたつは比較の対象にならないことを先にお伝えしておこう。
ただ、その意図を紐解くため、気付くためにはやはり歌詞に着目しなければならない。
これまでと同様に意訳を踏まえて解読していこう。
Original:「東方紅魔郷」より “亡き王女の為のセプテット”
Album: 薦
Vocal : 3L
Lyric : RD-Sounds
Arrangement : RD-Sounds
Copyright © 2007 / 2013 凋叶棕
When I was alone
I lost all clarity
I had strayed into a maze of solitary
A lone wanderer who wanted to find out
Somewhere receive me or someone to do so
Now I believe you are the one who I've searched for
Someone will take me out from this loneliness
Save me,from this whole darkness 'd solitude
Help me then accept me
Make my life completed
Every pray for everyday
That is the chain of destiny which hold us more tightly
Be with me and tell me every fantasy
Then,there's nothing I fear
Even Though this engagement
Seems to be an unavoidable curse
Still,I'm sure
I've decided to be with you
And I've been willing to be with you
Keep holding our hands forever
<意訳>
探していたこの場所
何処だか見失ってしまう前に
その手を差し伸べてと
貴女の目にいつか願っていた
全てを無くしたこの手には
もはや何も残っていないけど
それでも貴女とともに
歩いていけるなら
明日を与えて
きっと明日が
何一つ変わらないように
そっと約束してくれれば
それだけでいい
仮に運命が
そう決めたとしても
この手を伸ばしたその意思を
救いに応えたその意思を
私は信じていたい
最終回の冒頭から「はじまり」、
最終回のラストシーンで「締めくくる」。
史規と霊夢が交わした二人だけ約束が囁かれるような歌詞の意味と、
歌唱力がじんわりとじんわりと響いてくる。
その約束は二人だけでなく、
咲夜とアリスとも交わされたであろう「過去があったからこその未来」を繋ぐ意志として尊重されている。
先ほどお伝えしたように、無印版が「過去を振り返る」曲だとすると、
この雅でのエンディング曲は「未来を見据える」曲であることが伝わってくる。
その未来が余韻に繋がり、「終わったけども終わらない」感をより強固なものとするのだ。
無印版では曲の持つ満足感という相乗効果もあり、
一度観たら強烈に記憶には焼き付くが、
満足度が高いがゆえにたまにまた見返せればいいかという思考に至る。
一方、雅ではこの余韻が相乗効果として、何度も見直すことを全く苦としない、
むしろ何度も見直したくなる欲求がずっと残り続け、
見直せば見直すほどに新たな発見や考えさせられることがまた出てくるという、
ちょっと言葉にできそうにない仕掛けがそこにあり、
本当に飽き足りない作品へと仕上がった。
この違いがわかるようになってくると、このふたつの曲は決して交わらない。
どちらも違う方向性に飛びぬけたエンディングであったことが証明され、
(無印はなくなってしまったけども)雅が無印をなかったことにするという意図はまるでないのだ。
だから雅として決定的な選曲であり、
ここでもし「桜を、待った夢見夜」だったら逆にマイナスになってしまう(ミスキャストなので)。
曲単体としての思い入れ補正があったとはいえ、それでもなおここまで私に轟かせてくれたこと、
そしてまたこの曲を教えてくれたことに多大なる感謝を改めてお伝えしたい。
これまでの素晴らしい時間をありがとうございました。
そして本当にお疲れさまでした。
最後に
私がこのブログをはじめたキッカケは何よりも「レトロスペクティブ東方が再開する」という報を受けたことからはじまる。
無印との出会いは色々と数奇なものがあった巡り合わせなので、ここでは省略させていただくが、
とにかくちょっと他ではないくらいの思い入れがあったことからスタートしたのを今でも覚えている。
異変というか事件というか。
支持していた作品のひとつが突如として無くなったことから、既にこの未来はあったのかもしれない。
本当にそのときは信じられなかったし、何故これほどの作品が消えなければならなかったのか。
消えるにしてもその理由を知るまではどうしても納得ができなかったからだ。
何の前触れもなく消えたので、まずは情報を探ることにした。
とはいっても名前しか知らないネットの向こうにいる謎めいた作者。
無印が投稿されていた時点ではまだ何も交流もしていなかったので、
私にとってはまさに「空の上の存在」だったのだ。
手がかりという手がかりもないまま、そんな「あの空の彼方へ」を目指して動いていく。
まず、考えたのは東方にわか勢(まだデビューする前だった)の私がここまで焦っているのだから、
東方に詳しい人、私以上にレトスペに情熱を持っている人も同じように悲しんだに違いない、と考え、
レトスペから辿れるものはとことん辿った。
そうするとやはり同じようにして作品消失を悲しんでいるファンのひとりと出会えたのだ。
その方もブログを営んでおり、このときの事実を嘆いていたのである。
共通のファンをみつけ、しばらくしたのちmixiにてレトロスペクティブ東方のコミュニティをみつけた。
ここから作者と作品に通じる人と巡り合えるかもしれないという淡い期待から参入。
停滞期間が続いたが……ある日突然、mixi内にて「雅」という見慣れるタイトルが浮上した。
話によると、レトロスペクティブ東方が再スタートするかもしれないとのこと。
これは便乗するしかないと締め切り最終日に駆け込みで招待制コミュニティに参加することができた。
ここを逃していたら、今どうなっていたかはわからない(笑)
なんとそこでは作者本人がおり、実在していたのか…と感動に打ち震えた。
そもそも「何故消されたのか?」という理由を伺うために追いかけてきたのだが、
「再開する」となると、その話をするのは野暮だと思い、
しばらくその胸の内をそっとしたままに交流が始まった。
何故なら、私が思っている以上に作者自らが作品を消すという苦渋の決断を選んだこと、
その苦しさや悲しみ、葛藤は計り知れないと思ったからだ。
当人でなければわからないことをあえて選んだ理由をこちらが軽率に尋ねることは、
せっかく再開するという作者のモチベに悪影響を与えてしまうのではないか?という暗黙の了解。
伺いたい気持ちをグっと堪え、そして再開してくれるのであれば今度こそ共に終わりを迎えたい。
そんな一心のために「作品支援」という形でこの雅な時間をはじめようと誓ったのだ。
直接顔合わせをするようになり、時には食事をしたり、遊びに行ったり。
「会うこと」自体とても困難な道のりにいつしか自然に乗っかることができた巡り合わせ。
奇しくも作中の史規と霊夢の出会いそのものを体現していたこの不思議な繋がりは、
私にとってもとても大切なものへを変わっていきました。
日常の中に新たに取り込まれていく要素のひとつにまで昇華し、
8年以上繰り返されたこの日常は欠けてはならないものへと。
目標であった本編が未練なく終わり、この雅な時間も終えようとしています。
しかし、ここで出会った時間、絆、繋がりはこれからもずっと続いていくものと信じています。
これは「作品を楽しむ」以上の価値を得た唯一無二の宝物。
慢心しているわけではないですが、
自分でもひとつの作品に対してここまでやったのは人生でも初かもしれません。
それほどの熱量を注がせてくれた奇跡の作品がこれからもずっと残り続けていけるよう、
この「雅な時間」は本編とともにアーカイブとして在り続けます。
余談となりますが、最後の視聴者コメントでこんなのがありました。
「これに参加出来て良かったです」
なんと素敵な言葉でしょう。
こういう言葉がシレっと出てくるのはそれだけ没入感があったからなのだと実感します。
史規もきっと喜んでくれるはず。
そうなんです、私たちも彼と共にこの幻想抜けの困難を乗り越えることができたんですよ。
同じファンとして一緒に完結まで歩み続けられたこと、とても嬉しく思います。
さて、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
もしこのブログを通じて作品を知ってくれた方がいるならば、
是非とも本編の感想をお聞かせください。
いちファンとして、色んな意見を伺いたく存じます。
好きなものを好きなように語らう時間、
それこそが雅な時間なのですから。
2019.11.4
アイハラマキ
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by makky_cys
| 2019-11-04 22:00
| レトスペ雅